収蔵作家と作品

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野田弘志  Hiroshi Noda

1936年韓国生まれ。東京芸大油画科卒業(小磯良平教室)。
白日展白日賞受賞。広島市立大学芸術学部教授を経て現在無所属。

ホキ美術館ができることは素晴らしいことですが、作家側からいえば、それに応えるために責任をもってよい絵を描かなければいけないと強く感じています。

写実絵画で要になるのは「存在」ということです。あくまでも「存在」が描けなければ芸術になりえない。しかし、日本人の美意識では「もののあはれ」や情緒のほうに行ってしまいがちです。細密にいくがために存在が薄れ本質が薄くなり、ロマンチックや情緒に流れてしまうと思うのです。本当の意味の写実はこれからだと思っています。写実というのは難しいけれども、最も深淵なことができる世界のはずです。僕が考える芸術は、人間の最高の精神、魂の形象化というか、姿になったもの。絵画でありながら絵画を超えたものを含んでいなければならないと思うのです。ただ、そこをやってしまうと、人はあまり寄ってこなくなるので難しい。

私は33歳までデザイン・イラストをやっていました。入院して胃を切ってあらゆる仕事が途切れて退院した時に、今、絵描きに復帰しなければなれないと思い戻ったわけです。

制作において、一番大事なのは理念のようなものだと僕は思います。それが「存在」です。1年に1点描くのが理想です。それも1年で描けるかどうかわからないです。それは完成度を上げるということではなく、髪の毛をもっときちんと描くというのではなく、本質的に存在の重みが出るかどうか、そこまで行かなければならない。そうするとこれはノウハウではなく、ひたすら念じて描き続けてそれが出るまで描くということになります。たとえば、黒は何十遍も重ねると違うんです。質が変わってくる。顔もバックもそうです。また空間全体を再創造したいというのが僕の考えですから、人間を描くというのではなく、床・壁を含む空間全体を再創造したい。最終的に画面全体が全部崇高で神聖な空間にならないと出来上がったとはいえない。いらないものを全部そぎ落す。強く、そして純潔で、密度が高くて緊張がある。存在の絶対化に向けての挑戦ですね。ギリシャ神殿のようなものが理想なんです。

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《摩周湖・夏天》 1999年
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《緑壷に牡丹》 2003年
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《アナスタシア》 2008年
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《掌を組む》 1998年
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《蒼天》 2008年

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